はじめに
『ELDEN RING』を始めてすぐ出会うなんだか親切?なおじさんNPC、白面のヴァレー。褪せ人になったばかりのプレイヤーに、いろいろと教えてくれる案内役です。最初は「巫女なしww」と煽ってきますが、この地のことを教えてくれるし、当時は「親切な人だな?」くらいにしか思わなかったです。しかし、話を進めていくと、実はけっこう闇を抱えてる人だったことがわかってきました。


まりたん
煽ってくるからって攻撃すると敵対するから注意(笑)
今回は、そんなヴァレーについて、設定を調べながら自分なりに感じたことを書いてみます。
血の指のもう一人の重要人物・ユラの考察はこちら👇
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目次
白面のヴァレーとは何者か?
ヴァレーは、血の君主モーグという人に仕えている勧誘係のような存在。プレイヤーを「血の指」という仲間に誘い込んで、モーグのもとへ連れて行こうとしています。

モーグ:黄金樹の秩序を見限り、「姿なき母」という血の神を信仰して、自分の新しい王朝を築こうとしているデミゴッド
血の指:モーグに忠誠を誓い、指を切り落として仲間になった信奉者たち――そしてプレイヤーが手にする、他人の世界へ侵入するためのアイテムの名前でもある
そしてもうひとつ大事な設定として、ヴァレーはもともと「従軍医師」だった、というものがあります。つまり昔は、戦場で傷ついた兵士たちを助けるお医者さんだったということ。

従軍医師だったことは、防具の説明に記載あり。
なぜ、お医者さんが「あんな人」になってしまったのか?
ヴァレーたちは元々、戦場でケガをした人を治療する側の人間でした。だから毎日のように、大きな傷や、流れる血や、苦しむ人と向き合い続けていたことが想像できます。
そんな彼らの前に現れたのが、「姿なき母」という神様。この神様は、傷つくことや血を流すことそのものを「祝福」だと考えている、ちょっと変わったというか、かなり危険な存在だったようです。危険な神様。
人を助けるために、毎日血と痛みに向き合い続けてきたヴァレーたちは、この神様に出会ったことで、いつのまにか「血や傷そのものに、神聖な意味を感じてしまう」ようになってしまったのではないか?と想像しました。

まりたん
血に憑りつかれてた変態ってこと・・・?
そこにモーグがつけこんで、自分の仲間として取り込んでいった、という流れのようです。
人を救うための知識や優しさが、逆の方向にひっくり返ってしまう。ヴァレーは、悪意から始まったわけじゃなくて、たぶん本当は優しい人だったからこそ、壊れてしまった人なのかもしれない・・・。
なぜ指を切らせるのか
ヴァレーのイベントを進めると、プレイヤーは指を切り落とされて「血の指」というアイテムに変えられてしまいます。これも、姿なき母への「傷と痛みを捧げる儀式」という意味があるらしい。


まりたん
プレイヤーの指を切り落とすとか不穏すぎる・・・
それだけじゃなくて、「今まで従っていた黄金樹の教えと決別して、モーグ側の仲間として生まれ変わる」という意味合いもあるようで。誓約したら、目の色も真っ赤になってしまいました。

だから彼にとっては、あれは拷問というより、本人としては大真面目な「儀式」であり「手術」のつもりなのかもしれないと。優しい声で「痛みは一瞬ですよ」と言ってくるのも、彼の中ではこれが祝福と捉えていて・・・。そう考えると、怖さの質がちょっと変わってくる気がします。指切ったあとも喜んでて、普通にキモいしドン引き。
武器がバラの花束、という違和感
ヴァレーの武器は、見た目はバラの花束。でも実際は、棘で相手を叩いて出血させるための金属の武器です。

「愛や優しさの象徴」みたいな花を、傷つけるための道具にしている。このギャップが、ヴァレーというキャラクターをすごくよく表していると思います。言葉づかいはずっと丁寧で優しいのに、やっていることは血なまぐさい。愛情っぽい言葉の奥に、狂気が隠れているような、そんな感じです。
イレーナという指巫女の死
ヴァレーのイベントを進めていくと、もうひとつ気になる話に触れることになります。イレーナという指巫女が、何者かに殺されているのを見つけてしまいます。

一方、ヴァレーはプレイヤーに対して、「誓布を指巫女の血で染めてこい、誰の血でもいい」と持ちかけてきます。これは裏を返せば、彼が他の褪せ人たちにも同じように「指巫女を殺す」ことを試練として課していた、ということでもあり。イレーナ(巫女)も、同じような形で狙われていたひとりだった可能性が高い。

まりたん
誰がイレーナを手にかけたのかは、ゲームの中でもはっきりとは明かされていないんだよね
真犯人がはっきりしない、というのがまた不気味なところですが、どちらの説をとっても、行き着く先はモーグの陣営、ひいてはヴァレーの周辺だという点は変わらない。彼が笑顔で差し出してくる「試練」の裏で、実際にこうして命を落とした人がいたかもしれない、そう考えると、彼の優しげな物腰が、薄ら寒いものに感じられてきます。きっしょ!
プレイヤー(褪せ人)と、実はよく似ている?
ヴァレーとプレイヤーは、実はけっこう似た者同士なんじゃないかとも思います。どっちも、大いなる意志という大きな力に一度は見放された(かもしれない)者同士。違うのは、プレイヤーはそれでも歩き続けているのに対して、ヴァレーは「もう、あの人たちには頼らない」と見切りをつけて、自分から別の道モーグのもとへ進んでいったところ。
これって、単なる悪役の行動というより、「見捨てられたと感じたときに、人はどう生きていくか」という、すごく人間らしい選択のようにも見えました。
おわりに
白面のヴァレーは、最初はただの案内役に見えるけど、じっくり見ていくと、優しさから始まって、少しずつ壊れていってしまった人、という印象を受けました。「怖い人」で終わらせるにはもったいない、複雑な背景を持ったキャラクター。傷ついた人をずっと見続けてきたことで、心がすり減っていくそのリアルさが、彼というキャラクターに滲んでいる気がすると思いましたとさ。
ではまた~



